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東京高等裁判所 平成3年(う)964号 判決 1992年2月06日

被告人 藤井喜美江(昭和26.10.5生)

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人○○が提出した控訴趣意書、控訴趣意補充書及び「釈明書」と題する書面に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  理由のくい違い又は理由不備若しくは事実誤認の主張(控訴趣意第一)について

論旨は、要するに、原判決は、被告人に対し、コンパニオンとして派遣した本件児童らの年齢が満18歳未満であることについて未必の認識があったと認定したが、被告人は、本件児童らの年齢を確認し、満18歳以上であると信じていたものであるから、原判決には理由のくい違い又は理由不備があり、若しくは事実誤認があるというのである。

そこで、検討するに、関係証拠によると、被告人は、昭和62年ころ以降、酒客の接待をするコンパニオンとして自ら働き、翌年から独立してコンパニオン派遣業を経営していたが、コンパニオンの年齢が満18歳以上でなければならないことは十分に知っていたこと、本件児童らは、犯行当時、満16歳9箇月から満17歳11箇月までの者であり、3名が高校3年生で、他の4名がこれらの者より学年で1年下の高校中退者又は中学校卒業者であったこと、本件児童らのうちには、被告人あるいはその補助者の採用面接を受けることなく、既にコンパニオンとして働いていた友人と共に直接派遣先に赴いた者もいたこと、被告人らは、本件児童らの採用面接に当たって、本人から年齢を聞いていないこともあったこと、年齢を聞いた場合でも生年月日まで問いただしたことはごくまれで、戸籍謄本や身分証明書はもとより簡単な履歴書すら提示を求めたことはなかったことが認められる。これによれば、被告人は、本件児童らをコンパニオンとして採用し、使用する際、年齢の点については、本人からの申告だけに頼り、なんらの調査もしていないことが明らかであるから、その年齢が満18歳未満であることについて未必的認識を有していたものと認められる。

なお、被告人は、本件児童らはすべて満18歳以上であると信じていたと述べ、その理由として、コンパニオンの募集広告には応募資格は満18歳以上と明記しており、これを見て応募してきた本件児童らも自分の年齢を満18歳以上であるといっていたからであるという。しかし、応募者は右の募集広告を見ているから満18歳以上の者に限られるはずであるとは一概にいえないし、応募者としては、採用されたいあまり、本当は満18歳未満であるにもかかわらず、満18歳以上であると年齢を偽って申告することがあり得ることは容易に予測されるところであるから、被告人の右供述はにわかに信用しがたい。

以上のとおり、原判決に所論の理由のくい違い又は理由不備若しくは事実誤認はなく、論旨は理由がない。

二  訴訟手続の法令違反の主張(控訴趣意第二)について

論旨は、要するに、原審が取り調べた被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、並びにA子の司法警察員に対する各供述調書はいずれも任意性がなく、本件児童らの検察官に対する各供述調書のうち弁護人の不同意部分はいずれも証拠能力の要件を欠くというのである。

しかし、被告人の法廷供述はその内容及び関係証拠に照らしたやすく信用できず、他に被告人及びA子の各供述調書の任意性を疑わしめる事情は認められないし、本件児童らの供述調書の不同意部分についても証拠能力の要件が認められるから、これらの供述調書を採用し取り調べた原審の訴訟手続になんらの違法はない。

なお、弁護人は、原審が、検察官から取調べ請求のあったB子の検察官に対する供述調書の採否を決定しないまま弁論を終結したことをもって違法であると主張するが、原審において、検察官の請求によって同女の証人尋問が行われたこと、弁論の終結に当たって請求者である検察官からなんらの異議も申し立てられなかったこと、当審において、右書証の証拠調べ請求を維持する意向はない旨が検察官から表明されたことなどの経過に照らすと、原審の弁論終結時において、検察官が右書証の証拠調べ請求を撤回したものと解されるから、原審のこの点の措置になんらの違法はない。

以上のとおり、論旨はいずれも理由がない。

三  量刑不当の主張(控訴趣意第三点)について

論旨は、要するに、被告人を罰金40万円に処した原判決の量刑は重すぎて不当であるというのである。

そこで検討するに、本件は、7名の高校生等をコンパニオンとして採用し、宴会場等で酒客の接待をさせたという事案であるところ、動機に酌量する余地が乏しいこと、犯行の期間も約5箇月間と比較的長く、犯行の態様が児童の福祉を害し、その健全な育成に障害を及ぼすおそれのあるものであること等を考慮すると、被告人の刑責を軽視することは相当ではない。

したがって、被告人に前科、前歴が全くないこと、被告人の反省状況等、被告人のためにくむべき諸事情を十分に考慮しても、被告人を罰金40万円に処した原判決の量刑はやむを得ないところであって、それが重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 花尻尚 裁判官 上原吉勝 豊田健)

控訴趣意書

被告人 藤井喜美江

右の者に対する労働基準法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。

平成3年9月30日

弁護人 ○○○○

東京高等裁判所第二刑事部 御中

第一理由齟齬ないし理由不備または事実誤認

原判決は、被告人に対し、未必の故意を認定するにつき、次の諸点等において、論理法則・経験則に反する理由齟齬ないし理由不備、あるいは判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるから、破棄を求める。

一 「コンパニオンを採用するにあたっては、当然適宜の方法により被採用者の年齢を確認する措置を講ずるはずである」という点

被告人は、面接にあたっては、氏名や連絡先のほか、年齢についても尋ね、書面に書かせて提出させていた。

被告人は、コンパニオンの経営者とはいっても、当時は被告人自身よそのコンパニオンクラブから独立して経営を始めたばかりであり、面接採用の方法についても、同コンパニオンクラブでのやり方をそのまま真似て行っていたにすぎず、かような方法による被採用者の年齢の確認をもって「適宜の方法」と確信していたのであった。

そもそもコンパニオンクラブの経営者とはいっても、被告人やその他証人の原審における供述にあるように、一般的企業の経営というのとは異なり、コンパニオンを希望する人を登録させておいて、客からコンパニオン派遣の依頼があった場合に、登録してあるコンパニオンと連絡を取り、日程の都合のつく者を集めて派遣するというものであり、勤務時間等を拘束しているものではない。コンパニオンたちにとっても、希望するときだけのアルバイトとしてとらえており、会社帰属性についての意識は薄い。

したがってどこのコンパニオンクラブでも、戸籍簿謄本等を提出させる等のことはしておらず(被告人が以前所属していたコンパニオンクラブもそうであった)、被告人が適宜の方法と信じて前記のような形で面接していたとしても、あながちこれを非難することはできない。

原審のように、各分野における実態を無視して、あたかも普遍的な採用方法があり、実際にそのように行われているかのごとく錯覚して、建前論を述べることは容易であるが、それは経験則からはかなり遊離したものであることを指摘せざるをえない。

一般の中小企業の場合でも、はたしてどれだけのところで、厳格に戸籍簿謄本等の提出を求めているかということになると、かなりの疑問を抱く次第である。

今となっては、右の方法では不十分であったと反省し、この点については十分注意しているが、当時の被告人にとっては、採用希望者が自己の年齢を偽ってまで応募してくるとは思っていなかったというのが実際であった。

コンパニオンクラブの経営者として軽率であったとの非難は甘受するとしても、前述のごとく戸籍簿謄本等の提出を求めなかったことから直ちに、未必の故意の認定をするのは論理法則、経験則に反する。

二 判示によれば、

1 A子外6名の捜査段階での各写真報告書添付の写真や、押収した写真を根拠に「明らかに18歳以上と見られる容貌、雰囲気をした子は一人もおらず」、

2 「その外見から判断して、あるいは同女らが18歳未満であるかもしれないと思うのが通常であると考えられる」、

3 「18歳以上のコンパニオン募集という新聞に折り込んだチラシを見るなどして応募してきた者が自分の年齢を偽って申告することも十分予測される」、

4 「同女らに戸籍簿謄本等の呈示を求めるなど、その年齢を確かめるために容易に採り得る措置を全く講じなかったことが認められ」、

5 「被告人は、満18歳に満たない可能性のある年少者をよく調査もしないで採用し、コンパニオンとして使用した」のであり、

6 以上のような場合には、被告人に未必の認識があったと認めることができる。

というのであるが、これは有罪という結論を先において、無理に理由付けしようとして、原審裁判官独自の見解を展開したものであり、論理法則や経験則に反することに甚だしく、理由齟齬ないし理由不備にあたる。

三 原判決は、被告人に、年少者の年齢が18歳未満であったことについて、未必の故意を認定しているが、これについて、原判決によれば、被告人の捜査段階での供述内容は、ごく自然かつ具体的であるというが、むしろ逆で、極めて不自然で到底措信しがたく、さらにB子の証人としての供述、C子、E子、F子、G子、N子の各検面調書の記載とも重要な部分についてほぼ合致しているというが、右両者を比較しただけでも不一致が目立ち、C子以下の証人としての供述と比較すればさらにその点は鮮明である。

なおA子については、検察官が同女から供述をとっているにもかかわらず、検察官の思うとおりの供述がえられないため、検面調書の作成を断念した経過があり、その結果、被告人の未必の故意を認定する根拠としては、任意性、信用性のいずれも乏しい被告人の供述調書のみであり、理由不備または事実誤認の事実が一層顕著である。

四 判示によれば、弁護人が、C子ら証人と法廷前に面接したことが、C子らの法廷における不自然であいまいな一貫しない供述に少なからず悪影響を及ぼしたというが、かような考え方は弁護人の弁護活動を否定するに等しい暴言というほかない。

かような論法を用いるなら、むしろ次のようにいうべきではないだろうか。年少者にとって、警察署や検察庁での取り調べなど未知の経験であり、彼女らにとって警察官や検察官(両者の違いすら認識がないのが通常)はこわい存在、逆らえばどうなるか分からないという先入観があった上に、彼女らが記憶通りに供述しても、それが被告人の犯罪成立を阻害する事柄であれば、それをそのまま調書に書いてはくれず、同じ点につき、執拗に質問を重ね、根負けした彼女らが、警察官らに迎合し、真実とは掛け離れた警察官らの主張を認容するような態度を示すと初めてこれを調書に記載するという警察官や検察官の取り調べの態度が少なからず、年少者らに悪影響を与えたのであったということである。

弁護人が、証人に事前に面接し、事実の聴取をし、供述調書の内容につき確認することは、弁護活動として重要なことであり、むしろ密室のなかで一方的に行われた取り調べによる悪影響が、自由に話のできる雰囲気の中で払拭されたものということができる。

六 また本来関連性のない写真を根拠に、被告人の未必の故意を認定している点で、原判決は大きな誤りを犯している。

七 いずれにせよ原判決は、原審において現れた各証拠の価値判断を誤った結果、被告人にあたかも未必の故意があったかのごとく誤った事実認定に至ったものであり、破棄を免れないものである。

第二訴訟手続の法令違反

原判決には、審理不尽の点を含め、判決に影響をおよぼすべき訴訟手続きの法令違反ないし審理不尽があった。

一 原判決は、任意性のない被告人の検面調書及び員面調書、刑事訴訟法第321条第1項第2号後段の要件を具備していない伝聞証拠たる各年少者の検面調書等を証拠として違法に採用し、判決に影響を及ぼすべき重大な法令違反を犯した。

二 弁護人からの的確な異議の申し立てがなされたにも拘わらず、弾劾証拠の名目で、本来証拠能力の認められないA子の員面調書を採用し、実質的には厳格な証明の原則を放棄した。

三 B子の検面調書について、検察官より証拠調べ請求があったが、結局結審までにその採否の決定を下さないまま、判決に至ってしまったという大きなミスを原審は犯した。この法令違反は極めて重大であり、当然判決に影響を及ぼすものである。

この点について原審では、判決後このことに気付き、弁護人に対し、この検面調書は最終の公判期日に検察官において取り下げたことにしてほしい旨申し入れて来た経緯があったが、弁護人としてはそのような違法な申し入れには応じられない旨回答している。

なお同様の申し入れは、弁護人請求の情状証人Dについてもあったが、こちらについては、他の情状証人で一様の目的は達しているものと判断し、裁判所の申し入れに応じた次第であった。

以上から、原審は破棄されるべきものであり、被告人には、本件判示事実のいずれについても故意がなく、無罪である。

第三量刑不当

一 仮に原審の認定事実を前提とした場合でも、犯意については未必の認識に留まるものであり、被害年少者らが年齢を偽っていた点で同女らにも落ち度があること、被告人はコンパニオンクラブの経営者としての経験が浅く、採用の仕方についても不慣れであった点など同情すべき点が多い。

二 また被告人には前科、前歴がなく、改悛の情も顕著で、再犯のおそれもなく、被害年少者も宥恕しており、加えて被告人の更生については周囲に協力者も多い。

三 さらに、刑の比較的軽い本罪において、罰金刑相当と考えられる本件につき、既に被告人は10日を超えて身柄の拘束を受けていること等、被告人に有利な情状があるにも拘わらず、判決ではこれらの点が全く斟酌されていない。

四 これらが適切に考慮されていれば、罰金の額、それに従って執行猶予の付与、未決勾留日数の本刑算入等をも含め、より被告人に有利な判決が下されたものと確信する。

第四控訴趣意補充書の提出

本書に記載されたところにつき、追加、補正、ふえんする趣旨で現在控訴趣意補充書の提出を予定しており、その準備期間として1ヶ月程度の期間を戴きたく、上申する。

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